交差点では壱が待っていた。
てっきり帰ったものだろ思っていたが待っていようだ。
海は壱の姿に舌打ちをしたが、暴力には移さなかった。(空を通してとはいえアレだけ殴ればね、)



「あら、いつのまにか海君に替わってたんですか」
「どうでも良いだろうが」


空と海の見分けは難しいらしい(たまに稟子も迷う)が、壱はその舌打ちですぐに感づいたらしい。
私は空と海の見分けで困ったことは無いため不思議だ。(分からないのは、先ほどのように入れ替わる瞬間ぐらいだろう)
どうも壱を相手にすると喧嘩っ早くなる彼を押さえ(空ですらああなのだから仕方無いことなのかもしれない)本題に入ることにした。



「直斗君は会いたいって」
「そうですか」
「…あの、」



直斗君は不安そうに私達の顔を見上げる



「お母さんは、ずっとここにいる」
「え、」
「ここで貴方を待ってる、今も」



直斗君は周りを見渡すが何もない。
あたりまえだ。



「魂に、魂はみえない」


死んだ人が、死んだ人を垣間見ることは不可能なのだ。


          母親は、死んだのだから



「会わせてくれるって!」
「うん、だから」



私は直斗君の額に自分のそれを当てる。


「私の目はそれらを見る事が出来る」


これはこの世にある存在を見ることが出来ない代わりに与えられたモノ。


「私の体を貸してあげる」



此処で私の意識は途絶えた。








『な、おと?』


聞こえたのは懐かしい声だった。


「…母さん」


違和感を感じたのは、これが刹那ねぇちゃんの体を借りているという事。
けど、そんなことはすぐに気にならなくなった。

母さんは涙を流しながらおれの体をだきしめるけど、すり抜けてしまう。
それが一番つらかった。


「母さん」
『ごめんね、直斗、ごめんなさい』


違うのに、そうじゃないのに。



「口にしなきゃ伝わんねぇぞ」


空、ではなく海兄ちゃん(と呼んで良いかわからないけど)が後ろからそう言った。

うん、わかってる。


「違うんだ、泣かないで母さん」
『直斗?』

「おれが守んなきゃいけなかったんだ、父さんの代わりに」
『そんなこと!』

「おれ、恥ずかしくて、手、繋げなくて、ご、ごめん、なさい」


だんだん涙で前が見えなくなってきた。
もっと母さんの顔をみていたいのに。

父さんが突然いなくなって泣いてた母さんを守ろうって決めたのに。
おとこなんだから!って決めたのに。

こんなんじゃ全然駄目だ。


『直斗』


声は聞こえたが顔は上げられない。
こんな顔は見せられない。


『ありがとう』


聞き間違いかと思った。


『いいの、そんなこと気にしなくていいの』


それでも続けられる自分を許す言葉にとうとう涙が止まらなくなった。


『私は嬉しいわ、だって直斗が私に会いに来てくれたんだもの』
「ぁ、かぁさん、ぅう、ぅあああああああああ」


抱きつこうとして、結局すり抜けてしまった手が苦しくて、辛くて、しゃがみ込んだ。
それでも母さんはおれの抱きしめ撫でてくれた。
感覚は無い、それでも胸は温かくて。

ずっとこうしていたいと思った。(無理だとわかってても)



結局泣くだけ泣いて、ようやく泣き止んだ頃母さんの笑顔を見た。
直斗は強い子ね、と言われたきがする。(それは昔のように)

その声の全てが耳に入る前におれの目の前は真っ白になった。










ぐらりと、地面に頭をぶつけそうになった時に助けてくれたのは海だった。
泣いていたのか、目が腫れていて少し痛い。



「霊に体ほいほい貸しやがって」
「ごめん」

「海君は心配してるんですよぉ。刹那ちゃん」



次の瞬間壱は投げ飛ばされていた。
あまりの早業に、私も何が起こったかわからなかった。
ただ、海がそっぽを向いてしまったことだけは理解できた。


「刹那様」


壱が投げ飛ばされた方と反対方向から稟子の声がした。


「発見しました」
「うん、案内して」


用件だけ伝えると、稟子はこちらです、と歩き出した。
いつの間にか立ち上がっていた壱は手を振っていた。
海が不思議そうな顔をしたため、行く場所を一言で言った。



病院、と。

■■■

あれから、もうすぐ11回目の朝日を迎えるが、老夫婦は気が気ではなかった。


娘の夫が突然蒸発し、それだけでも辛いというのに娘は一人で子供を育てた。
老夫婦も、娘と孫を随分可愛がっていた。

その矢先にこの事故だ。
娘は即死で帰らぬ人となった。
その娘が命がけで庇った孫は、今だ意識不明のまま目を覚まさなかった。
なんども、呼びかけたが返事が帰ってくることは無い。



――――急に名前を呼ばれたんだ


「ぅ…」
「直斗!?」
「なんだって!?」


突然の孫の呻きに老夫婦はそろって反応し、彼を呼び続けた。

「直斗、直斗おきておくれ」
「お母さんの後をおってはいかん、直斗」


「じぃちゃん、ばぁちゃん?」


「直斗!」
「起きてくれたのね!」


祖母は堪え切れず彼を抱きしめ涙した。
祖父も良かった、良かった、と言い涙を隠さなかった。


ひとしきり泣いた後、まだ涙の止まらない祖母の代わりに、祖父が医者を呼びに病室を出た。


「ばぁちゃん、」
「、なんだい直斗」


涙の止まらぬ顔で祖母は孫の言葉に耳を傾ける。



「おれ、母さんに会ったよ」
「!」
「会って、ごめんなさいって言って、」
「うん、」
「連れてってって言ったんだ」


刹那の体で泣き喚いたあと、あの真っ白な空間で連れてってくれと、一緒にいてくれと何度も叫んだ。
それでも母は笑顔でただ、そこにいるだけで決して返事を返す事は無かった。


「そしたら名前を呼ばれたんだ、最初は怖くて逃げ出したけど」


その呼び声に答えたら母に二度と会えない気がして、逃げたんだ。


それだけが、どうしても怖かったから。


「でも、別れて来ちゃった」


面倒な自分を最後まで諦めないでいてくれた刹那の為に。
なにより、ずっとあの場所で待っていてくれた、母の為に


「ただいま、ばぁちゃん」


祖母は孫をもう一度強く抱きしめた。

■■■



「ほぅら、息子さんも奥さんも刹那ちゃんがぜーんぶどうにかしてくれたでしょ」
「結果論だな」
「またそういう事言う、向こう着いてから何度呼びかけても無視されるからどうしようかと思いましたよ、全く」


「心配なら自分でいけば良かったでしょ」

「…黙れ」


そういって歩き出した男のあとを道化師の笑みを浮かべてついていく壱。






「刹那ちゃんのおサボりはこれで前面免除ですからね、長官」



■■■







いつもの昼下がり、いつものように稟子が洗濯物を取り込みに戻り私が店番をしている。
実にいつもの光景だ。
ただ、違うのは彼が学校に行かず、私の隣であくびをしている事だ。

ついでに言うと人格も違う。



「ふぁ、暇だなこの時間帯」
「忙しい時は大体稟子だからね」


病院で直斗君の安否を確認してからも空が表に出ることはなかった。
曰く、一週間も押し込めやがった復讐だそうだ。
怒ると怖い空に敵うことが出来ない海であるが、そうゆう時は強い。

実際、空をからかって遊んだりしているのだから、彼らの力関係が良くわからない。(兄弟のようなもので納得することにした)


とにかく、空に同じように復讐と燃えている彼は現在空より強かった。(何故か、空の出して!と言う呼び声が聞こえた気がしたが気のせいにした)


あの事件のあと、壱の依頼が違反行為あると発覚しているため多分不幸の手紙(※初1参照)が来るんだろうなと半ば絶望の思いでいたのだが、意外な事に壱の自己申告により罰を受けたのは壱ただ一人で不幸の手紙が私の元へ来る事はなかった。



もうすぐ店も閉めようかという時間になる頃店のまん前で、ポッポーと奇妙な音を聞いた。
海が死ぬほど嫌そうな顔をしたが、あまりに鳴らし続けるので放って置けば店に変な噂が立ちかねない。
警察を呼んでも良いが、変な事言われて知り合いだと知られるものなんだか癪だ…なぜならその人物は、




「こ〜んにちわ刹那ちゃん!…と、空君!」



みごとなアッパーが壱の顎にヒットした。



「てめぇ、どの面下げてきやがった」
「あたた、う、海君だったのね、」
「うるせぇ!!」


やはり、あれは彼の愛車(ペスパ)のベルの音だった(普通と常識は彼には通用しない)
叫ぶや否や、海は壱に暴行を加える。
あまり店の中で流血沙汰は止めてほしいのだが。



「ひっ、痛いって、ちょい待ってって、わてなんかしましたかぁぁぁ!?!?」
「なんかしかしてねぇだろうがぁぁぁぁ!!」



あのキチンシンク(※プロレス技、膝蹴りの一種である)は痛そうだ。
そういえば何故武術を本格的に習わないか海にも空にも聞いてみた所、答えは同じだった


『人殴った時犯罪になるでしょう/だろ』


…だいぶ性格が違うくせに、物騒なところだけは同じなのはどうだろう。
根本は二人とも一緒なんだろうけど。


「大体なんだ!あの依頼は!全然内容ちげぇじゃねぇか!」
「そ、そんなことないですよ!!」






『ある子供の魂の記憶を戻して(子供の魂を体に戻して、その子供を待ってる母親の魂を)導いてあげて欲しいんですよ』






「って言ったじゃないですか」


「真ん中の説明がごっそり抜けてんだよ!!!」

と叫びながら海は壱の鳩尾に右ストレートを決めた。

合掌。
しばらくは起き上がれないだろう。
威力が大きいように見えるのは、海の中で出してくれと嘆いている筈の彼の分も入っていたからなのだろう。


「ギリギリ」
「あ?」


ギリギリだったのだ時間的に。


「何がだ」
「直斗君」
「ああ、」


海は納得したように顔を上げた。
直斗君が生きていることは一週間の調べで大体予想がついていた。
つまり俗に言う幽体離脱状態。
もちろん、あまり長くその状態でい続ければ身体の方が先に死んでしまう。

あれだけ時間がないと急いだのは、妖の心配ではなかったのだ。
もっとも、母親の方に妖の心配があったが、無事に冥府に逝けたらしい。

改正されたプライバシー法が無ければもっと楽に…いや、すぐに調べられたと思うとため息が出る。



「…そういえば壱何しに来たの」


前回の謝礼はすでに長官直々に貰った(驚きすぎて心臓止まるかと思った。)
ならば用は無いはずだ。
壱に声をかけると、今まで虫の息だったのが不思議なほど元気良く起き出した。


「新しいお仕事です」


「帰って」


笑顔な壱を一刀両断する。
私にしては今までに無い切り込み具合だ。
あんまりな返答に固まった壱を海はにやにやしながら、残念だったなと店から追いだろうとする。
…その引っ張り方は窒息するよ海。



「刹那ちゃん!!」



壱は血相を変えて海の手から逃れ(それだけ力があるならあのプロレス技から抜けられないのかと思う)私に抱きついた。(!)



「そんな事言わないで下さいよぉ刹那ちゃんは冥府の官庁公認の送り人でしょ!ちゃんと仕事しなきゃ駄目ですよぉ」
「貴方に言われたくない」
「そんなぁお仕事言い渡さないとわても帰れないんですよぉ」


「…それより後ろ」
 

「いつまで刹那に抱きついてんですか」


いつのまにやら、海から替わった空はそういって壱の襟を掴み、一瞬で外に放り出した。
多分、空の中で臨界点を突破したのだろう。
その行動に一切の容赦はない。


唖然としている内に店の鍵を閉め、簾をかけおえた空は私の手を取り家の中に入る事を促した。




店の外から、扉をどしどし叩く音が聞こえるが、完全無視の方向らしい。
(同時に同じ事をして暴れている海が脳裏を掠めた)





そんな音を聞きながら餡蜜を食べようと冷蔵庫を開ける。


ああ、今日も平和だ。





「刹那様、」


餡蜜は昨日直斗君と今日の分まで食べてしまわれたでしょう




稟子の言葉に数十時間前の記憶がよみがえる。




ああ、なんてことだ。



前言撤回、今日は厄日だ。




気付いた時、店の戸を叩いていた人は空が呼んだ警察に連れて行かれていた。


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次は後書