「あの子なら大丈夫ですよ、必ず連れてくる」
――――…
「わての言葉は信用出来ませんか…でもまぁ」
「そのくらいが丁度良いんてしょうね」
あの子はわてを信用しすぎですからなぁ
それが決して彼女の為にならなくても、彼女は態度を変えようとはしないだろう。
空君程とは言わないが、もっと上手く生きれば良いのにと思う。
自分にそんな資格など、ありはしないのだけど。
■■■
私に怪我が無いか調べたあと海は「ガキは中だ」と一言だけ告げ、公園に入った。(腕が赤くなっているのを見て顔をしかめていたが、これはあの二人のせいではない)
直斗君は公園のベンチに座っていた。
空…いや、海の姿をみて恐縮したところを見るとすでに対面済みのようだ。
空の印象が強くて、海におどろいているのか。
それとも初対面の子供に恐縮させるほどの何かをしたのか。
横目で海をみれば、暴れるから大人しくさせただけだと言う。(何したの)
「せ、刹那ねぇちゃん」
落ち着いてるとは言いがたいが、会話が出来るほどに回復したらしい。
海には感謝すべきか。
「直斗君、大丈夫?」
「おれ、おれ、…!」
「ゆっくり喋れ。それじゃわかりゃしねぇ」
海の言葉に直斗君は深呼吸をすると小さく話し始めた。
「おれ、あの信号」
「うん」
「青の、時に渡ろう、と、して、…それで、横から来て、気付かなくて、」
「うん」
「そうしたら、母さんが、まわりが、赤く、」
「もう良いよ」
途切れながらも少しずつ思い出しながら言葉を発す彼の姿を抱きしめると、途端に枷が外れたかのように泣き出し離れようと暴れた。
子供の力は強く、突き飛ばされそうになりながらそれでも離す事はしなかった。いや、出来なかった。
「おれが、母さんの手を握ってればぁ、」
「うん」
「おれが、おれの、せいだよぉ」
「そんなことない」
あれはただの事故なのだ。
取り返しのつかないことだったとしても。
「ああああああああ」
「直斗君、」
「もういいだろ」
私の力ではそろそろ抑えるのも限界かと思い始めた頃、海が私と直斗君を離し直斗君を押さえつけた。
地面に押し付けるような乱暴なやり方に私は顔をしかめた。
「ぅっ?!」
「海、」
「思い出した今、こいつに冥府に行く気がないならもう良いだろ、どうせ依頼は記憶をもどせってだけだ」
「良くない」
「ハッ未練を断ち切るまで面倒見るってか?生きてるか死んでるかわかりゃしねぇ母親にでも合わせるってか?こいつがこんな様子じゃどうせもう時間がないだろ」
「…?」
痛みでだいぶ正気に戻った直斗君は海の言葉が理解出てなかったようだ。
「よく聞けガキ、死んだ奴はな現世に留まり続けると化け物に成り代わるんだよ」
「…?」
そういって海は自らの瞳にあるコンタクトを取った。
「赤、い…?」
真っ赤な瞳。
人間では、例えアルビノの気があってもここまで鮮やかな赤はないと言う。
私はそれを見たことはないが、彼は血のような色だと称した瞳だ。
「俺は人間じゃねぇ、お前と同じように生きる事も冥府に逝く事もできずにいる半端者だ」
直斗君が困惑しているが今海には関係ないことだった。
彼は今久々と 獲 物 を目の前にしているのだから。
「海!!」
海が行動を起こす前に彼の名を呼ぶ。
海の不満そうな気配を感じたが、直斗君への拘束を緩めない。
「なんだよ刹那。まさか俺を止めるってか?あの詐欺野郎の依頼は達成してんだろ」
「それとこれとは別。離して」
「これが化け物になって大変なのはお前だろ」
「化け物じゃない、妖(あやかし)だよ」
同じだろと自嘲気味に笑う海はいまだ状況のつかめない直斗君の拘束を少し緩たが押さえつける体制は変わらない。
しかし、一連の出来事にすっかり恐怖した直斗君は何も言わなかった。
「はは、わけがわからないって顔しるな」
「…」
「刹那が何を危惧してるか教えてやるよ」
そういうと海は完全に直斗君から身を引くが、直斗君は動かない。
私は急いで直斗君と海の間に入った。
その様子を海は楽しそうに見て口を開く。
「俺が今からお前を消すんだ」
魂すら完全に残らぬほどに。
送り人の仕事は現世に留まる魂を冥府へ送る事。
それが叶わず妖になってしまう可能性のある者を………この世から消し去る、こと。
妖とは生前の強い思いが現世に留まり続け形になった者。
魂と違い完全に肉体を持って存在してしまった妖を冥府では干渉できない。
ならば、妖になる前に消してしまえと冥府が思うのは当然の事だった。
「ぇ…」
そんな海の様子に怯えた直斗君は震える手で私にしがみつく。
「刹那も空も甘いんだよ、あの詐欺師の言う事間に受けやがって。」
「…」
「お前がそのカキを消せないなら俺がやる。そのために俺らがいる」
「それは駄目」
それだけは絶対に許す事は出来ない。
ましてや直斗君は妖にはなっていない。
そして、
「そんなことをさせる為に一緒にいるわけじゃない」
「だがな、これが化け物の俺らの生かされた道だろ」
「化け物じゃない」
「強く思い続けたその姿は決して化け物なんかじゃない」
生きたことを思うのは、悪い事なんかじゃない。
「………だから甘いんだよ」
海はそういうと、直斗君に向けていた敵意を消した。
感情の起伏が激しい彼は冷めるのも早く、こうゆく時は物事が馬鹿らしくなった気分の時だ。
もう海は放っておいても一度止めた事をぶり返すような事はしない。
いまだ硬直中の直斗君に視線を合わせる。
「これからどうすんだよ」
「大丈夫」
海に背を向けたままそう答えると、私は直斗君の名をよんだ。
怯えを含んだ彼に海の姿を遮るように私の方を向かす。
一瞬体を強張らせらがなんとか意識を私に向かせることに成功した。
「海は大丈夫だよ」
あまりの事に涙が引っ込んだみたいだが、まさか今日のうちに同じ人物に(厳密に言えばちょっと違うが)恐怖を与えられ完全なトラウマになったんだろう。
その怯え具合に少しばつが悪そうに海は私達から距離を取った。
「ほら、大丈夫」
ホントは優しいんだよというと海はそっぽ向いたが、直斗君は小さく頷いてくれた。
「おれ、…あ、あやかし?になるの?」
「させないよ」
海との会話で大体理解した直斗君はそう聞いたが、そうさせる気は毛頭ない。
「全てを思い出した今、直斗君がまだ此処に留まっているのは何らかの未練があるからだよ」
「未練…?」
その強い思いが心を、魂を現世に引き止める。
昇華されなければ動く事など出来るはずがない。
「直斗君はどうしたい」
「どうって…」
「いまどうして貴方は此処に留まっているの」
少なくとも、この子には明確な点が一つだけある。
その思いだけが今、直斗君を止めているはずだから。
「……たい」
「母さんに会いたい」
―――その望みを叶えよう。
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