始めの頃より、歩みは遅くなったがなんとか交差点までたどり着く事が出来た。
直斗君は下を向いて歩いているのを空に支えられていた。
抱えてあげようかと言う空の申し出は、恥ずかしいからと断ったのだ。
「横断歩道って白と黒ですよね」
いままで、人の悪い笑みを浮かべていた壱が直斗君に向かって聞いた。
「え、うん。白と黒だよな」
「渡る時は青信号ですよね」
「うん」
「…ふふふ」
壱はそれだけ言うと黙ってしまった。
直斗君は何がなんだかわからずに、赤信号を見つめた。
『赤の時は渡っちゃだめよ』
「…!」
――――そう言って青くなるのをずっと二人で待ってたんだ
「どうしたの」
突如頭を左右に振った直斗君は私の声に顔を上げた。
「何でも、ない…と思う」
「…そう」
信号が青に切り替わり、ゼブラゾーンに踏み出した。
「…夜だけど危ないから」
『横断歩道は気をつけないとね』
――――そうしていつものように大きな手を差し出された
気分の悪そうな直斗君に手を差し伸べた。
「帰るよ」
『帰りましょうね』
――――少し恥ずかしくてその手を無視しておれは走り出した
「…だ、大丈夫」
差し伸べた手を無視して歩き出した直斗君を駆け足で追うと、スピードを出した右折車が私の前を横切った。
「刹那!」
「うわ、」
『直斗!』
「!」
――――押されるようにたおされた時
危機一髪空に右腕を思い切り引っ張られ私が怪我をすることはなく、すぐに支えてくれたので尻餅をすることもなかった。
「気をつけないと駄目だよ刹那、…直斗君も」
「……ぁ」
「…?」
――――目の前は あ か か っ た
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
私が空に助けられた動作を見ていた直斗君はまるで気でも狂ったかのように叫びだした。
「いやだいやだいやだよぅぅぅぅぅ、」
「直斗君、」
「おれが、おれがおれがおれがおれがおれがおれがおれがおれがおれがおれがもっともっともっともっとはやく、ああああああぁぁぁぁぁ!!」
「!、待って、」
伸ばしたてはものすごい力で振り払われ、直斗君は叫びながら歩道を走り渡っていった。
直後「大丈夫」と言って空がそれを追いかけていった。
私が追いかけたところで間に合うわけがなく正しい選択だと思えた。
直斗君を空が追い壱と私の二人になった。
この場に残った壱は私を見つめ、一連の出来事に気にした風もなく悠長な口調でしゃべり始めた。
「やぁ、子供の発想力ってすごいですよねぇ」
「…」
「シマウマの上を歩いていて、青い月に向かって走ったら、ガバッと黒いもんがぶつかって来た」
それは間違いなく直斗君の夢の中での出来事だ。
「…横断歩道のゼブラゾーンと信号機、それから」
「突っ込んできたのはトラックですね」
そういって、壱は懐から新聞をとりだし、渡された。
「おっと、刹那ちゃんは見えないんでしたよね」
「大丈夫、触ればわかる」
壱から渡された文字を指で擦ると、何が書いてあるのかが読めた。
昔から文字に触れると読めたので、何故こんな事が出来るかなど聞かれても困る。
超能力の一種だと思ってくれれば良いんだと思う(アバウト)
そしてその新聞の内容は私が新聞の切り抜きノートを作った時に貼り付けた記事の一つであった。
「…10日前の交通事故」
「もともと目星はついていたんですよ。でも彼、わてと此処に来ても全然思い出してくれなくて」
「…」
「元々、わての仕事だったんですが埒あかなくてね。で、適切に動いてくれそうな刹那ちゃんに頼んだわけですよ」
まともな依頼と思われたこの仕事は、冥府の官庁から壱が直接に承った仕事だったらしい。(役人の仕事とはそういうものだ)
もちろん一介の送り人がやれるものではない。
空が聞いたらなんと言うか。
そうなってくると私の予想は確信となった。
間違いなく時間がない。
新聞を壱に返し、直斗君を追おうとひるがしたところ腕を引かれ引き止められた。
「行くんですかい?」
「うん」
「わては違反事項犯してますよ。ここで彼を見捨てても刹那ちゃんは罪に問われません」
「いつもの事」
「…わてそんなに頼んでましたかね」
壱はばつが悪そうに頭をかいた。
罪悪感でもあるのだろうかめずらしい。
「壱が悪くても直斗君は悪くない」
「…」
「もう時間も無いでしょう?」
何も言わない壱をそのままに私は二人を追いかけた。
「…バカな子だなぁ」
やるせなく響いたその言葉は決して私の耳には届かなかった。
■■■
体力、リーチの差を考えても空のほうが絶対に早いため近くの公園で直斗君を抑えているでだろうとは思う。
横断歩道から公園に着くまでの道のりで私は力尽きた。
普段の運動不足が仇となったが、それを呪っても遅い。
いや、しかし運動神経が擦り切れてると評定のある私にしては頑張った方ではないか。
実際500mも走っていないのだが。
しかし、公園は目と鼻の先、倒れるならば公園に入ってからにしたい。
内側ならすぐに空に気付いてもらえるはずだ。
なんとかあと一歩で公園の中に入る、という所で右腕を強い力で掴まれた。(今日はよく掴まれる日だ)
何かと、後ろを振り向くと若い二人組みの男性がいた。(訂正、今日は厄日だ)
「よぅ、お嬢ちゃん。こんな時間にフラ付いてちゃだめだよ〜」
「もしかして家出とか!」
「だったらお兄さんたちが良い所つれてってあげるよぉ」
品の無い声に悪寒を感じ抵抗しようとするが、体力切れでそうも行かない。
元気であっても振り切れたかどうかは別であるが。
そもそも人の気配に気付かないなんて失態だ。
相手は2人だ。
空であれば簡単にのせる。
「あれ〜黙っちゃってどうしたの〜」
「お前がキモいからだろ、可哀想にね〜」
「お前!俺ってばこんなにいい人なのに!」
ゲラゲラと笑う連中を見上げる。
ここで大声を出せば空でなくても誰か来てくれるだろうか。
確立は少ないが、このままでいるよりはずっといい。
大声を出すのは得意ではないが頑張ってみよう。
しかし、それは息を吸う時点で止まった。
「…空」
公園の入り口に空は立っていた。
「なんだテメェここは俺らの場所なんだけどぉ!?」
「痛い目に合いたいのかよ!あぁ!?」
この二人は先ほどの気持ち悪いほどの甘ったるい声とは一転し、ドスの利いた声で空を威嚇した。
それでも空は動かなかった。
「…」
「…空?」
やけに動くのが遅い空に焦りを感じその名を呼んだ瞬間、背筋が凍るものを感じた。
違う、彼ではない、これは―――
「海」
「大正解だ」
彼は視線一つこちらに向けず、殴りかかってきた男の鳩尾に一撃、そしてそれを見たもう一人が逆上し襲い掛かってくるのを殴り倒した。
完全に気絶させた事を確認し二人を公園から離れたゴミ捨て場に投げ入れた。(そこは生ごみ置き場ではないのだが…)
酷く乱暴なやり方は彼のストレスを物語っているようであった。(運び方など足を持って引きずっていた)(…禿げそうだ)
「一週間ぶりだな刹那」
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次は5話