誰もいない夜道を空、直斗君と三人で歩く。
深夜一時から三時までは、昔から霊が出やすい時間だといわれていたらしいが正直、存在するものとして知っている側としては迷信以外の何でもない。
昼間は生きた人間の気が強いため霊の気などかき消されてしまっているだけで、そこに確かに存在している。
「車も通ってないのな」
「こんな時間にフラフラしてたら不良か、不審者だよ」
後者はまさに今の私達の事だよ、空。
口にするととても疲れそうなので、出かかった言葉は飲み込みこんだ。
住宅街を抜け、昼間小学生ぐらいの子が良く遊びに来るらしい公園(空の調査だ)の前を通る頃私は直斗君の手を握った。
「刹那ねぇちゃん?」
「気にせず歩いて」
不思議そうに見上げる直斗君を尻目に公園を通り過ぎる。
しばらくして左右の確認しづらそうな交差点に出るが、車が遠くから来ないか確認した後横断歩道を渡る。
その時不意に、直斗君が私の腕にかがみついてきたが今はあまり気にする事ではない。
空が、姉弟のようだねと笑っているうちに、デパートの前までついた。
「稟子さんがよく来るデパートだね」
住宅街からほぼ一本道で来たこのデパートは「よりみち」から近い場所に位置しているため、稟子が良く利用する。
もちろん住宅街からも近いので奥様と言うなの猛者が集結する場所でもある。
前に一度餡蜜を買いに凛子と来た事があったが、まさに現世の修羅と言ったところか。
慈悲と慈愛の心は何処に消えたのかと聞きたくなるような戦が繰り広げられていた事を思い出す。
この後、あまりの人の多さに気を失ったのは不幸中の幸いと言えよう。(もやしとか言うな)
しかし、そんな歴戦も猛者たちから、涼しい顔をして毎日私のおやつを獲得してくる稟子こそ賞賛に値するのだろう。
(私は二度と行く気はない)
「直斗君」
「何?」
私の呼びかけに応じ直斗君は顔を向けるが、一向に私の腕にしがみつくのを止めようとしない。
この分だと、自分の行動に気付いていないのかもしれない。
普段ならほうっておくが、そろそろ痛くて仕方ない。
「直斗君そんなにしがみつくのは良くないよ」
私が言う前に空が気付いたようで、私から直斗君を引っぺがしてくれた。
時すでに遅しというか、案の定私の腕は痕がついた。
「ご、ごめんなさい!」
「大丈夫刹那?」
本当に気付いてなかった直斗君は酷く焦ったように声を上げ、空は私の腕を覗き込んだ。
痛いわけではないので空の言葉に小さく頷き返事を返し再度直斗君の手を取ろうとすると、一人で歩ける!と避けられてしまった。
少し涙声だったので、罪悪感にかられたのだろう。
気にしなくて良いと言おうとしたその時、突然古びたような車輪の音が耳に届いた。
空は直斗君と私を庇うように後ろに押し、音のする方向を見つめる。
だんだん近づく車輪の音。
自転車の車輪に間違いなさそうだが、こんな夜中だというのにライトがついていない。(犯罪です)
スピードこそ遅めではあるが、自転車はまっすぐこちらに向かって前進しているようだ。
このままだとぶつかってしまう。
しかしこの錆びれた車輪の音はどこかで聞いた事がある。
「刹那、あれは…」
「人の気配はしないよ」
空の呼びかけに応じ向かってくる自転車の気配を探るが、どうも人間の気配ではない。
私の言葉を聞いた空は、なら容赦する必要は無いと身構えた。
引っかかるのは、この聞いた事のある車輪音と覚えのある気配だ。
あーでもないこーでもないと考えているうちに空の射程距離に入った自転車はいとも簡単に倒れた。
空のヤクザ者相手に鍛え抜かれた蹴り技をもって。
「ぺ、ペスパァァァァァァァ!!!!」
「!?」
吹き飛んだ自転車の持ち主の叫び声は、なんとも聞き覚えのあるものであった。
「…壱」
「ペスパ、ペスパ!わてのペスパがぁぁぁぁ!!」
「……壱」
「ううううう、ぺすぅぅぅ!」
「……」
まるで聞こえていない。
そうだ、あの古びた車輪の音も、非常に独特な雰囲気を持つ気配も彼のものであった。
気配といっても、仕事モードだったのか随分感じ取りにくくなっていて…結果として気付けなかったのだが。
いつまでも、愛車を抱え嘆く姿に、私達はもちろん直斗君も引き気味だ。
なんかこの光景みたことある(世界の中心で○を叫ぶ)(相手が人ではなく鉄の塊なのだが)
「いつまで泣いてるんですか」
壱の姿を確認した頃から、冷ややかな目を向けていた空は止めといわんばかりに壱の頭を思いっきりどついた。
「痛っ、空君痛いって!」
「人様の仕事中に」
「ちょ、ちょぅい!千切れ、耳千切れるぅぅ」
「刹那の呼びかけにも答えず」
「あああああ、やばい!意識途切れそう、ねぇ!ちょっと!泣いて良い!?」
「貴方いったい」
「空、その辺で止めてあげて」
あまりな光景に直斗君が泣きそう。
私の言葉とともに空は壱の耳をピンポイントで捻りあげていた手を離した。
今回ばかりは本気で痛かったらしく、壱も泣きそうだ。
空も力が半端なく強いんだから手加減しなくては駄目だと言っているのに。
相変わらず、壱が…冥府の役人が嫌いな空はあまり懲りた様子は無いのであるが。
(現在実害は壱だけであるので強く言わないのも理由だろう)(不憫)
しかし、一番の被害はこんな光景に免疫の無い直斗君だろう。
一度私から離れたはずの彼は今、若干震えながら私の後ろに居た。
先ほどまでの優しげな青年が鬼のように変貌したら誰だって怖いだろう。(トラウマ決定)
「で、何しに来たの」
「そうですよ、ようやく刹那ちゃんが動き出してくれたからお手伝いしようと思ったのに…わてのペスパが…」
少し籠の変形した愛車を抱きしめため息をつくと、ものすごい勢いで空に睨まれ、壱は背筋を伸ばし愛車を傍らに置いた。
冷や汗まで出ているその様子は同情できそうである。
「とてもじゃないですが信じられません」
「そんなぁ、ただの善意ですって」
「胡散臭い」
「酷っ、邪魔はしません!」
拒否されても冷ややかな目を向けられても喰い付く姿はさながらセールスマンのようだが、空が怖いのかガタガタと震えているのでさまにならない。
このまま続いても水掛け論になりそうな事は目に見えたので、邪魔しないならいいかと言う気持ちだけが私の口を動かした。
「邪魔しないでね」
「はい、誓って」
「…刹那が言うなら」
こうして同行人が一人増えた。
「行こうか」
「こんどは何処へ?」
空と壱から距離を取るように私の隣に居る直斗君が不思議そうに声をかけた。
今もまだ何も思い出せない直斗君からすれば、今回の探索もあまり意味の無いものに見えるだろう。
「戻るの」
そう一言だけ言って、さっさと歩き出した私を急いで追いかけてきた直斗君は、今度は私の腕にしがみつかなかった。
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近くに居るのを感じるのに、どうしてもその姿を見ることが出来ない。
傍に居るのに
感じる事が出来るのに
どうして
どうして
■■■
戻る発言の後、何一つしゃべらなくなった私に諦めたのか、直斗君も何も言わなかった。
空気を和らげようとしゃべる壱をスルーする形で直斗君や、私に話しかけ空気を和らげようとしているのは空だ。
温度差がだいぶ違う形で歩いていると、突然直斗君が歩みを止めた。
手を引っ張るように歩こうとしても、彼はかたくなに歩こうとはしなかった。
「どうしたの直斗君」
「いきなり止まるのはあぶないですよ」
壱と空に声をかけられてもピクリとも動こうとしない。
「もうすぐ横断歩道…」
「ダメ!!」
横断歩道の言葉に反応した直斗君は、突然大声を上げた。
「別の道から帰ろうよ!」
「…ここ以外で家に帰る道はないよ」
「でも、気持ち悪いんだ」
そういって黙り込んだ直斗君を空は心配そうに肩に手を置いた。
一方、壱は楽しそうな笑顔を崩そうとはしなかった。
…こうなる事を知ってたな、壱の奴。(あ と で 覚 え て て ね !)
「…気持ち悪いのは、何か思い出せそうだからかもしれない」
「え、」
「どうしても行きたくないなら、帰り方を考える。でも記憶は戻らないかもしれない」
ともとも、自分の記憶に頓着している子ではなかったのだ。
ここで諦めるなら、それまでとも思う。
結局、私が何をしてあげても自分で思い出さなければ意味が無い
「行く」
長い沈黙の後、直斗君は小さい声でそう言った。
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