魂が現世に留まってしまうのには二つ理由がある。


一つは現世に未練があること。
もう一つは霊体になった時に記憶を喪失してしまい、行くべき道を見失ってしまうこと。



前者ならば、本人から要望を聞き満足させてやれるだろう。
しかし、後者の場合、失った記憶は自らが取り戻さなくてはいけないのだ。


例えば、誰かがその魂の過去を知っていて教えてあげたとしよう。
しかしそれは新しい情報として、新しく記憶されてしまうため思い出したことにはならないのだ。
最悪、教える事で余計に思い出しにくくさせてしまう事もある。


今回は後者なわけで私の仕事は、その魂が少しでも心に残っているものを調べ、探し出し、思い出すきっかけを与えることだ。

不幸中の幸いは、直斗君が自分の名を覚えていた事により、生前の姿を保っていられたことだ。
世の中には、自分の事も忘れ姿を保てなくなった魂も沢山居る。



「何か心当たりあるものはあった?」
「全然!おれ本当にこの町に住んでたのかな」



町の探索から帰って来た直斗君は残念そうに言った。
彼がこの店に来てから今までの間に、この付近に住んで居たことを調べ上げた私は、昼間は散歩がてらに町の探索を彼に進めた。


忘れがちだが、彼は魂…つまり霊体なため通行人には見えない。
一緒に探索に行かないのは、そのためだ。
一緒に歩けば私は間違いなく近所であぶない子扱いをされるか、平日なら警察に補導されるだろう。
(特に警察はすでに3回お世話になっている)(もちろん補導で)



「刹那様、お茶がはいりましたよ。直斗君お帰りなさい」



直斗君の分もありますよ。と稟子は背後から声をかけた。
洗濯物を取り込むのがやけに遅いと思っていたらお茶を入れてくれていたらしい。

餡蜜もつけてくれていたので、店番を稟子と交代して直斗君と家の中に入る。
こうゆう時気のきく従者を持って私は幸せだと思う。(現金って言っちゃ駄目!)




■■■




「ええと、シマウマの上を歩いていて、青い月に向かって走ったら、カバが突進してきて?」
「ちげぇよ、ガバッと黒いもんがぶつかって来たんだよ」
「…ガバっと、ね。で、赤い毛布が覆いかぶさったと」
「そうだよ」

「………何の話をしているの二人とも」


話と餡蜜に夢中だった私達は声をかけられるまで全く気付かなかったのだが、店から客間に繋がる扉の前で空は奇妙な顔をして立っていた。




「おかえり空兄ぃちゃん」
「おかえり、餡蜜はもう無いよ」


「ただいま、うん刹那が餡蜜残しとくとは思わないよ…ええと、いまのは…」


「「夢の話」」


見事に重なった声に、空は苦笑し部屋に荷物を置きに行った。
帰って早々ファンタジーな話は学校で酷使した脳にはきつかったのだろうか。
(でも空の成績はいつもトップクラスだ)
空を見送ると直斗君と視線が合った。


「それからどうなったの」
「ん、その毛布が暖かくて、気持ちよかったからそのまま転がったら」
「うん」
「急に名前を呼ばれたんだ」
「誰に?」
「わかんない。たくさんいたと思うけど、それが怖くて逃げたんだ。そこでいつも目が覚めるんだ」
「そう」

「でもさ、おれの夢なんて関係あるの?」
「あるよ。夢は心の表れだから」

「よくわかんねぇけど…

  刹那ねぇちゃん、まだ餡蜜食べるの」



人間ではないため食べ物を摂取する必要の無い私は6皿目の餡蜜を頬張るのであった。



■■■







届かない。

届かない。


こんなにも呼び続けていると言うのに何一つ届かない。

願いなどもはやたった一つだけだというのに。




どうか。

どうか。


あわせてください。







■■■

「直人君は寝てしまったようですよ。」
「1時には起こさなくちゃいけないから、今は寝かしてあげましょう」


稟子は直斗君に掛け布団をかけてあげ、空は私の隣に腰を下ろした。


「直斗君自身は何も思い出さないようだね」
「子供の記憶はそんなものだよ。焦るのは良くない」
「………刹那は落ち着きすぎじゃないかな」


蜜柑の皮むきに苦戦している私を何故か遠い目でこちら見る空。
見てないで手伝ってくれれば良いのに。(不器用なんだよ)


結局あの後餡蜜9皿分食べたところで稟子に止められ(明日の分も入ってたらしい)(大変だ!)泣く泣く、食べ止めることにしたのだ。
(別に食い意地が張っているわけではない。ただ単に餡蜜が好きなだけ)



「刹那のほうは何かわかったの?」
「まぁそれなりに」



ズタボロになった蜜柑(なんて無様!)を一度ちゃぶ台の上に置き、ひそかに集めノートに貼っていた10日前ほどの新聞記事を広げた。



「わぁ、よく集めたね。通り魔、火事、交通事故…関連がありそうなのはこの3つってことかな」
「火事はここら辺じゃないから、通り魔か、交通事故だよ」



以外に豆な事をしていた私に驚いた空は感心してノートをまじまじと見る。
壱じゃないが私だって仕事ぐらいする。
好きなもの(こと)は、餡蜜と寝る事だと胸を張っていえる私でも仕事ぐらいちゃんとする。
(記事を読んでくれたのは稟子だけれども)


まさかこれを作る前に壱が不幸の手紙を持って手を振っている姿が脳裏をよぎったなど、私が言わなければ誰も知らないままなのだから!
(※不幸の手紙:1話参照)



最も、仕事をすること事態久しぶりすぎたのだけれども。
(だっていつも起きたら昼近いのだから仕方無い)(曰く、「幸せそうに寝てるから起こせない」だそうだ)(こればかりは空も稟子も同罪だよね!)



「どれも被害者の名前が出てないからわかんないね」
「プライバシーの保護法が厳しいから」
「僕らにしてみれば迷惑だけどね

  
 誰かこの法作った人をサクッとやって、政府に革命でも起こしてくれればね。」



隣から発せられる冷気(サクッって何!)をどうするべきか思案していると、彼は忘れかけていたかわいそうな蜜柑を手に取り、綺麗に剥いて渡してくれた。
見れたものじゃない皮の残骸は一箇所にまとめておこう。
(冷気から助けてくれてありがとう蜜柑!)(もう無様なんていわないよ)


蜜柑を食べながらふと頭をよぎったものがあった。
忙しくてかまっている暇がなかったが“彼”はどうしたのだろうか。



「最近会ってない」
「押し込んでるからね。直斗君が怯えそうだから」



脳で考え、勝手に自己完結させるのが得意な私の質問はいつも唐突過ぎるとよく言われる。
しかし、唐突に出た言葉の意味を空は正確に汲み取ってくれた。(慣れだそうだ)
空の多発する過激な発言は“これ”が原因らしい。(いつもはもっと少ないよ)
“彼”の苛立ちが感染しているのだろう。


もっとも空の意見には一理あるためその話題はそこで打ち切りとなった。












もうすぐ深夜12時を回ろうとしていた。


この一週間空も凛子も暇を見ては、直斗君を外に連れ出して色々見て回ってくれたのだがまるで収穫がない。
外に行かない私は今まで、調べ物をしていたが今夜は一緒に探索に行くのだ。


実の所全く手がかりなしと言うわけではないのだ。
直斗君の夢の話にしてもそう。
決して無関係と言うわけではない。


最近プライバシー問題で調べにくくなっている事柄が多く彼が最後に何処に居たか、今 現 在 ど こ に い る か 定かではないが、ある程度の予想は立てられた。
そして、私の予測が正しければタイムリミットは近い。


法律上調べられない範囲は稟子にまかせるとして、そろそろ私も動き出さなくては。






空の中の片割れがもう一週間も表に出てないことから、ストレスが増大してるであろう事も含め、私達に時間は無い。


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次は3話