都会とも田舎ともいえないようなこの町の外れに店を置いたのは単に人ごみは嫌いだが仕事はしやすいようにと考えた結果だ。
しかし、どんなに自分が考えてこの駄菓子屋を経営しようとも、外見小学生並みの私が店に出れるわけがない。
(平日警察に見つかって大変な思いをした)(記憶を失う程頭を強打させ場をしのいだけど)
出来てもせいぜい手伝いにしか思われないだろう。
もともと、本業の仕事のカモフラージュ為に経営している店ではあるが、
この現代において全滅しかけている駄菓子屋は近所の子供たちに好評で、程よく繁盛している。
客層が一番ピークであった3時半を過ぎ、そろそろ一段落をした稟子が庭に干していた洗濯物をしまいはじめた為、その時の店番は私だ。
洗濯物を手伝いたいのは山々だが、私では身長が届かない上、力も足りないので稟子の仕事を増やしてしまう結果になる。
なのでおとなしく客が落ち着いた頃に私が店に出るのだ。
接客は苦手だがどうせ後30分もしたら、私の助手が学校から帰ってきてようやく店仕舞いなのだからそれまでの辛抱だ。
人間ではない彼が何故学校に通うのか、理由は知らないが表の人格は楽しそうにしていたからかまわないだろう。
そう取りとめもないことをつらつらと考えていると店の扉が開いた事を知らせる二つの小さい鈴がチリンと鳴った。
「ただいま!」
「おかえり」
元気な声でそういったのは小学生ぐらいの少年だ。
私の従者である稟子と、助手の空の三人暮らしのはずのこの家にこの少年が来たのは一週間前になる。
■■■
「壱…いらっしゃい」
「あら刹那ちゃん、いつもながらよく分かりますねぇ」
稟子が家事をやっている間店番をしている私は、壱の間延びした声を聞き私は笑顔でうなずいた。
壱が言いたいのは私が盲目なのに良く自分だと気付けた事を言っている。
私にとって盲目とはあまり気にならない障害で、聴覚と気配だけで大体のことがわかる為気にしたことがない。
余談であるが実は私にとってこの言葉はその日の第一声だった。
私を幼い頃から世話をしてくれている稟子や助手の空は、何故か私が言いたい事がわかるようで私がしゃべる前に私の望むように行動してくれる。
つまりしゃべらなくても生きていけている。
だが、おかげで私の会話能力はまったく育たなかった事を記しておこう。
「気配がわかりやすいよ」
「目が見えないと他の器官が敏感なんですねぇ。稟子さんはどうしたんです?」
「家事」
短い言葉でしかしゃべらない私に気にした様子もなく壱は適当に駄菓子を取ると(今は絶滅しかけている5円チョコだ)5円を私に渡した。
「お仕事の依頼しに来たんですけど、空君待ってあげた方が良いですかねぇ」
「多分もうすぐ」
「ただいま」
鈴の音と共にタイミング店に戻ってきた長身の男は助手の空だ。
高校生にしては早い帰りなのは、部活動も寄り道もしてないからだ。
(曰く、私が心配だとか)( 失 礼 ! )
「おかえり」
「やぁ空君お邪魔しているよ」
「刹那、稟子さんは洗濯物?」
まるで壱がそこに存在していないかのような完全無視具合はもはやいつもの事なので気にせず、空の言葉に頷くと彼は優しげに店番お疲れ様と言い店仕舞いし始めた。
…壱は、
「ちょ、ちょっと!なんで追い出そうとするんですか!?」
「邪魔な置物だと思ったんですけど動けるならとっとと帰ってください」
「く、苦しいって!わては仕事持ってきたんですけど!!」
「江戸時代かぶれの持ってくる仕事って信用ならないんですよね」
「さ、差別!!」
作務衣(甚平みたいな着物)の襟元を掴まれ引きずられて苦しそうな声で空に抗議するが、冷たい言葉しか返されない。
空は壱の飄々とした感が嫌いらしい。
普段朗らかな空が唯一暴力的な行動に出る相手が壱だ。
(たまに出る毒舌は誰にでも言っているが…)(やっぱりなんでもありません)
ただ単に、合わないだけなのだろうけど。
そのままにして置くと店の前に窒息死体が一体出来上がりそうなのでさすがに助け舟を出そうと思う。
「空、離してあげて」
「刹那ちゃん!!」
壱は感動したようにこちらに目を向け駆け寄ろうとしたが、空の怪力によってソレは拒まれた。
むしろ私が声をかけたことで締り具合がUPしたようだ。
「でも刹那、これの持ってくる仕事なんてろくでもないものばかりじゃないか」
「わてはコレ扱いっすか」
「…」
確かに、私の仕事は現世に留まる魂を冥府に送る事…なのだが、壱が持ってくるものは3回に1回は違うものも混ざっている。
例えば、幼子の魂の子守だとか、冥府の役人が取り逃がした魂の捕獲だとか…冥府の役人たちの尻拭いをさせられている感は否めない。
「いやでも仕事は仕事…」
「他はともかくこれが持ってくる仕事だよ?刹那だって動くのあまり好きじゃないでしょ?これから仕事請けるより縁側で日向ぼっこしてたいでしょ」
ばばくさっと言う壱の声が聞こえたが、すぐに空に叩かれていた。
好きなんだから仕方ないだろう。
そこにお茶と餡蜜があれば文句などない。
「………………………………し、仕事しないと」
「刹那ちゃん…かなり揺れたでしょう」
いつの間にか空に離してもらえた壱のため息に苦笑したが、お茶と餡蜜vs仕事で仕事が負けかけたのは揺ぎ無い事実だ。
しかし、今回ばかりは駄目なのだ、どうしても!
本来、役人から仕事を貰って動くのはあまる少ない事例であり、普通送り人は自ら町を回って現世に留まる魂を冥府に導くのが主流だ。
もともとサボり癖があり自ら動く事を最近まったくしていなく、そんな自堕落生活の結果ついに先日冥府のお偉い様方から手紙が届いてしまったのである。
(コレを不幸の手紙と呼んでいる)
これは現在私が本能に打ち勝つためのアイテムとさせてもらっている。
「せめて内容だけでも聞こうよ」
「…そうだね」
「いやそうですね空君…お仕事の内容ですが、ある子供の魂の記憶を戻して導いてあげて欲しいんですよ」
「…」
「…」
「なんですか、二人して」
意外すぎた。
今回もブタの世話(もちろん霊だ)(お偉い様方のペットらしい)(何故ブタなのかは永遠のなぞである)やらを頼まれるかと思ったのだが…。
むしろ、送り人としてのしっかりした仕事を彼から請けるのは初めてだ。
空もそう思ってるそうで唖然…というよりも疑惑の念でみている。
「怪しいんですけど」
「わてだって普通に仕事ぐらいしますわ」
「…では、その子供っていうのは」
「すぐそこにいますよ」
急いで店の外に出た壱は20秒ほどで戻ってきた。
その後ろに隠れるように8歳ぐらいの帽子をかぶった男の子が壱の作務衣にしがみついていた。
「ほら、直斗君この人たちがさっき言った記憶を戻すお手伝いをしてくれる人たちだよ」
「汐崎直斗です」
壱に促され、直斗君はまるで練習したかのような洗礼された動きで帽子を取り一礼をした。
無礼になってないか案ずるようにちらちらとこちらに向ける視線を無視できる筈もなく、挨拶を返した。
「名前は刹那。よろしく」
「僕は、沢渡空だよ。僕の苗字はこっちで学校に行くために使ってるけど、あまり意味無いから名前で呼んでね」
そういって握手をすると私と空の肩を壱が叩いた。
瞬間的に空はなぎ払っていたけれど。
(そこまで嫌なのか)
「自己紹介も終わったみたいですし、契約成立ってことでお仕事ヨロシクお願いしますねぇ」
「は…ちょっと僕らは請けるとは一言も、」
なんと逃げ足の速いことか。
空が言葉を発する前に壱は愛車(ままチャリのペスパちゃん)に乗って猛スピードで消えていった。
もはや形も見えない。
直斗君はどうすればいいのか戸惑っているようで(連れてきた人が急にままチャリで消えたのだから仕方ない)今にも泣いてしまいそうだ。
ここに壱が来た時点で、自分は彼の仕事を請けなくてはならないことが決まっていたようだ。
魂といえどまさか子供を追い出す事ができるほど、冷たくは無い。
心配そうな直斗君の頭をなでてあげると彼は驚いたようで、体に力が入ったがすぐに安心して笑顔を見せてくれた。
「………二人とも家に入ろうか」
いつまでも店内にいてもしかたない。
空にそういわれ、言外に自分が受け入れられたことを知った直斗君は嬉しそうに頷いた。
店の鍵を閉め、簾をかけたあと三人で家の中に入っていった。
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次は2話
作務衣→甚平よりズボンが長く年中いつでも着れる着物